代表 戸津琢
なぜ私はこのような事業を始めたのか。それには私が育った環境が大きく影響しています。
私の生まれた家庭は「超」がつくほどの健康オタクの家でした。
小さいころからいわゆるお菓子は一切なく、おやつはチャーハンや蒸しパンのような ”食事” でした。
カフェインが禁止だった為、コーヒーを飲んだことがなく育ったので未だに飲み付けません。
小学校までは白米は出ませんでした。
幼稚園のお弁当は全て玄米でした。
いまから40年も前のことですからほとんどもみ殻のようなものでした。
おかずは厚揚げ、ひじき、切り干し大根、おから、ごまめ、筑前煮など居酒屋のお通しみたいなものばかりで完全に真っ茶色でした。
小学生の時に交通事故に遭い1か月半入院し、石膏で固めたギブスを付けたまま退院しそれ以来一度もその病院に行きませんでした。
適当な頃合いを見て、自宅でカッターで足のギブスを崩してそこからは整体のようなとこへ通いました。
麻酔や投薬といった治療を両親が嫌がった為です。
ですから、予防接種は一度も受けたことがありません。
BCGの注射の跡もありません。
身体も精神も完璧な状態ではじめて一人の人間となるので、対処療法的なものではダメなんだと実感している一つの理由がここにあります。
高校時代の話です。希望する大学があったのですが、当時の私の学力との差は歴然としており、今から普通に勉強しても絶対に無理だなと直感しました。
そこで一切の参考書を閉じ、当時の通信教育で速読と右脳開発、同時通訳の方法の訓練だけをひたすらやりました。
アタマのトレーニングがされていない状況で取り組むよりも、まずは地頭を鍛えて賢くなればこれくらいの受験勉強はすぐだろうと考えたのです。
みんなが英語や数学など具体的な科目に取り組んでいる時に、私だけとても変わったことをひたすらやってました。
今になって、そこで右脳開発や集中力を身に付けるトレーニングをしていたのだと納得できます。
集中して取り組む姿勢が身についたので、大人になってからもとても便利です。何かを始める時に嫌な感覚がないからです。
「やればできるだろう」と思える、これは心理学的には効力期待を高めることになっていたということなのです。
社会人になり大学院にてMBAを修了しました。英語・スペイン語・中国語も話すようになりました。
健康も脳も、自分が変わるとはどういうことなのか。強く決意するだけで変われるなら、なぜ世の中みんながなりたいようになれないのか。
これを追求した結果が細情報技術の活用というバイオベンチャー企業の創立となったのです。
あなたの現状を変えることができないとしたら、なんとも希望の無い人生になってしまいます。
自分の細胞を変えることは、あなた自身が変わることなのです。